認知神経科学とリベラルアーツの視点から - from the viewpoint of cognitive neuroscience and liberal arts

山岸典子 Noriko Yamagishi: 認知神経科学者として伝えたいこと

勉強へのモチベーションを上げる感謝の気持ち

 

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Nagannu island, Okinawa

 

やる気が出なーい!

ふと、気がつくと、やらなければいけないことと違うことをやっていた。そんなことがよくありますよね。学校では、オンライン授業が行われ、職場ではリモートワークが導入され、私たちの学びや働く環境は大きく、時間的、空間的に「自由」な方向に変化してきています。

 

こんなとき、「モチベーション」が成果を出すために、重要な役割を持ちます。

京セラ、そしてKDDIを作られ、JALの再生を果たされた稲盛和夫氏は、「人生や仕事の結果」は、「考え方と熱意と能力」の3つの要素の掛け算で決まると言っています*1。この要素のうち、「熱意」と「能力」は、それぞれが0から100までの点をとります。ところが、「考え方」は-100から+100までの点数です。これらを、掛け合わせますから、「考え方」次第で、人生や仕事の結果が180度違ってしまいます。

 

ここでいう、考え方は、生きる姿勢であり、モチベーションだと思います。なぜ、それをやるのか、と自問したときの答えです。大学生であれば、なぜ、あなたは大学に行くのですか、という問い、への答えです。さてそれでは、好きな時間に、カフェで勉強したり、仕事をしてもいい時代に、モチベーションを上げるにはどうしたらいいのでしょうか。モチベーションを向上させ、それを維持する秘訣はあるのでしょうか

感謝の気持ちが勉強へのモチベーションを上げる

はい、あるのです。勉強へのモチベーションを、感謝の気持ちが上げてくれるのです。さらに、一度上がったモチベーションは、数ヶ月たっても維持されるのです。

 

共同研究者のNawaさんと私は、感謝の気持ちを持つことの効果を調べるオンライン実験を行いました。実験参加者は84名の大学生と大学院生です。参加者のみなさんをランダムに実験群とコントロール群に分けました。実験群の参加者さんには1日1回、2週間、クラウド上の日記システムにその日「感謝」したことを書いてもらいました。コントロール群の参加者さんは日記なしで過ごしてもらいました。さて、この実験の前後でさまざまな心理指標を計測したのですが、実験群とコントロール群で、唯一、差があった指標が「学習モチベーション」だったのです。

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感謝による学習モチベーションの向上と維持

「感謝」の日記をつけると、2週間で、学習モチベーションが有意に向上しました。そして、その効果は1ヶ月後、3ヶ月後までも維持されることがわかったのです。

bmcpsychology.biomedcentral.com


いったい、感謝日記によって何が起こったのでしょうか。学習モチベーションの計測は、「あなたはなぜ大学に行くのですか?」という問いに、具体的な28の質問に7段階 [1 (まったくあてはまらない) - 7 (とてもよくあてはまる)]で答えてもらうことで行います。それらの質問項目は3つのカテゴリーからなっています。(1) 内発的モチベーション(例: 新しいことを学ぶことで、喜びや満足を経験できるから)、(2) 外発的モチベーション(例: 将来、より名声のある職業に就くため)、(3) 非モチベーション (例: 正直に言ってわからない。学校では、時間を本当に無駄にしていると思う)です。今回の実験では、感謝日記によって、これらのカテゴリーのうち(3)の非モチベーションが有意に下がることがわかりました。つまり、「無気力」が下がる(意欲的になる!)ことがわかりました。

 

ところで、学生さんたちはどんな「感謝」の日記を書いていたのでしょうか。数行のことばを、一日に2-3個書いてくれた人がほとんどでした。内容は、特に勉強のことを書いているのではなく、「友だちとの約束に遅刻したが、待っていてくれてありがたかった」というような、日常の出来ごとへの感謝のことばが綴られていました。日記中の頻度の高いトップ10単語は、「友だち、母親、先輩、バイト、ご飯、自分、天気、両親、雨、店員」でした。単語解析の結果をワードクラウドで示します。単語の大きさが頻度を表しています。大学生たちの日常をちょっと見ることができる気がしますね。

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感謝日記の単語解析結果

このような振り返りと感謝の気持ちが、勉強へのモチベーションにつながるとは、とても興味深い結果でした。みなさんのモチベーション向上に、この研究の結果がお役にたてばうれしく思います。

まとめ - 勉強へのモチベーションを向上させるには (やってみよう)

  •  感謝日記(2-3行の記録を2-3個)を、一日一回、2週間書いてみる。
  •  その後、3ヶ月くらいは何もしなくて大丈夫。
  • 学生さんだったら、ちょうど学期の始めの2週間を「感謝」週間としてはどうでしょうか。

 

ご参考: 報道発表の原稿

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Nawa & Yamagishi, 2021 (BMC Psychology)

 

*1:人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力

www.kyocera.co.jp