認知神経科学とリベラルアーツの視点から - from the viewpoint of cognitive neuroscience and liberal arts

山岸典子 Noriko Yamagishi: 認知神経科学者として伝えたいこと

感謝から見るJAL再生

f:id:n_yamagishi:20201019000544j:plain

八瀬 2020 初秋 Kyoto

激動する社会を⽣き抜く⼒をつけることを⽬標として、「感謝」感情の科学というゼミナールを⼤学で始めました。その中から、ぜひ皆さんにも知ってももらえたらいいなと思うことをこのブログでお伝えします。今回はJALの再生を感謝から考えます。

JALの破綻 2010年1月

2010年1月、JALは事業会社としては戦後最大の2兆3221億円の負債を抱えて破綻しました。しかし、この話を授業でしても、学生さんたちはキョトンとしています。「え、知らないの」と正直思いましたが、2020年現在、大学生である彼ら彼女らは、2000年前後の生まれで当時10歳くらい、この事実を認識していない人がほとんどなのです。

 

今年のゼミナールでは、学生さんたちがグループプロジェクトに取り掛かる前に、立命館大学稲盛経営哲学研究センター客員教授の金井文宏先生に、「JALの再生は利他の心から」という講義をしてもらいました。金井先生は実際にJALの方々へインタビューを行い、JALの再生を意識・行動改革の面から研究をされています*1。先生から、会社が倒産するということは、社会的にも社員にとっても、本当に大変だったことが紹介されました。パリ・シャルル・ド・ゴール空港に着陸直前に倒産を知ったキャビンアテンダントの方は、日本に帰れるのだろうかと本当に心配したそうです。今でこそ、JALの再生をみんな当たり前のように思っていますが、当時JALの再建は、誰にもできないだろう、と言われていたそうです。学生さんたちは目を丸くして、驚いた表情で話に聞き入っていました。

JAL奇跡のV字回復

私は、JALに何が起こったのか、をまず正しく学生さんに知ってもらいたいと思いました。そこで、一緒にJALのホームページを見ました。IR(Investor Relations)情報のページを見ると、JALの業績推移がわかります。一部ホームページで見つからない情報は、「JALの奇跡」(大田嘉仁、致知出版、2018)*2を参照させてもらいました。

f:id:n_yamagishi:20201026014128j:plain

JAL業績推移(2006-2019年度)

これが営業利益率の推移です。2009年度に-10.9%になり、2010年1月に破綻します。しかし、その翌年、2010年度には13.8%と大幅な回復をみせ、以降、2011年度から2018年度までの営業利益率は11.8%から17.0%と非常に高く、世界でも有数の優良企業となっています。コロナ禍となった2019年度でも7.1%でその強さを示しています。2019年度の自己資本率*3も58.9%、2020年9月期でも44%と高い安全性を示しています。正にV字回復です。いったい、2010年度に何が起こったのでしょうか。 

 

その年、JAL再生のため政府からの強い要請を受け、京セラ・KDDI創立者の稲盛和夫氏がJALの会長に就任したのです。周囲からの強い反対がある中、3つの大義があると考え、この依頼を受ける覚悟を決めたそうです(大田、2018): (1) 二次破綻による日本経済への悪影響を防ぐ、(2) 残された社員の雇用を守る、(3) 正しい競争関係を維持し国民の利便性を守る(大手が一社だけになった場合、競争がなくなり運賃やサービスに影響がでる可能性がある)。稲盛さんはJAL再生に人生をかけて取り組み、「フィロソフィー*4と「アメーバ経営*5を携えてJALにいかれました。

 

金井先生の講義に話を少し戻します。先生のインタビュー調査によると、一度破綻した会社は、心に影響が出てしまうそうです。そこで、まず意識改革が進められ、JALフィロソフィー*6が全社員の心の拠り所として制定されたそうです。これは、京セラフィロソフィーを参考に、しかしJAL独自の、40項目からなるフィロソフィーです。第一部は「すばらしい人生を送るために」、第二部は「すばらしいJALとなるために」です。この中で、金井先生のお話によると、インタビューした方々の好きなものは、「渦の中心になれ」(愛称「ウズチュウ」、ネズミくんが渦の中心にいるイラストで親しまれている)、「人間として何が正しいかで判断する」、「最高のバトンタッチ」だそうです。授業では、学生さんに、こんなことが当てはまるという経験はありませんか、とグループでの話し合いが始まりました。ありました!みんないろいろ体験しているんですね。アルバイト先で自分のノウハウを仲間に教えて月の売上高を更新したとか、部活動でボールの一投一投がバトンタッチとなったとか、文化祭でビジョンを共有して成功したなどなど。先生から、今後はこれらをフィロソフィーとして「自覚」して、「実践」し、自分のものとなるよう「学んで」行ってくださいとのメッセージが送られました。

 

この講義の後、zoomの部屋に最後まで残った学生さんがいました。質問でした。「どうしてJALの利益率は高いのですか?」わぁ、すごくいい質問です!話の中心がフィロソフィー(意識改革)だったので、そこが疑問に残ったようです。経営学部の学生さんかと思ったら、総合心理学部の一年生でした。「アメーバ経営」(部門別採算制度)導入の話をしましたが、グループプロジェクトの課題を出す前に学生さんに先を越されてしまいました。プロジェクトでは、こころと経営面の両方を見て欲しかったのです。一年生、すごいなぁと関心してしまいました。

グループプロジェクト: JALの再生 - 経営面と精神面から

今回のグループプロジェクトは、「経営面と精神面からJALが再生できた理由を調査研究する」としました。2週間のプロジェクトで、最後にグループ発表です。必須項目として次のことをあげました。

1. JALに何が起こったのか(2010年)、2. 倒産から奇跡の復興を遂げられたのにはどんな要因があったのか、経営の観点と感謝感情という観点を含める、3. 信頼できる情報を使う(JAL IR、信頼できる記事や本など。参考文献、出典を明記する)

学生さんの所属は、経営学部と総合心理学部が半々くらいなので、各グループに両学部が混ざるようにしました。前述の大田さんの本の紹介や、JALのホームページを一緒にみたり、金井先生の講義があったりしましたが、ちょっと難しい課題かなと、内心少し心配でした。

グループ発表: 経営における感謝

「JALがもう一度飛べた理由」、「JALの復興と感謝感情」、「JALはなぜ復興できたのか」、各グループの発表はタイトルも内容もそれぞれでした。まず、JALに何が起こったのかという問いに、2000年くらいからの各種の経営指標を示して解説をしてくれたグループ、JALとANAの財務分析をそれぞれのIRページから情報をまとめて収益性、安全性、効率性として発表してくれたグループ、経営破綻の要因を分析してくれたグループなどなど、とても学部生の発表とは思えないような高いレベルの分析、発表でした。

 

さて、JALの再生の経営面と精神面からの分析ですが、どのグループもアメーバ経営(部門別採算制度)とJALフィロソフィーの導入をあげてくれました。アメーバ経営については、小さな組織(アメーバ)ごとに「売上最大、経費最小」に取り組んだこと、アメーバのリーダーの重要性や、アメーバにより全員参加の経営が可能となったことが報告されました。破綻前は飛行機が一便飛ぶのにいくらかかるか知らなかったパイロットが、アメーバ経営導入後はマイカップ持参で勤務する話や、臨時便を飛ばす判断も採算意識で行う話などが紹介されました。

 

精神面では、どのグループもJALフィロソフィーの制定をあげていました。その中で、あるグループのスライドが全く違うもので目を見張りました。麦わら帽子をかぶる少年が海を見つめる後ろ姿です。「稲盛和夫の少年期」とあります。結核にかかったり、受験に失敗する稲盛さんの少年期の紹介です。次に京セラ時代の走り続ける稲盛さんが紹介され、最後に稲盛さんの謙虚さの逸話と感謝に対する考え方が紹介されます。そして、「感謝の感情は謙虚でなれば生まれない。稲盛さんは経営は多くの人の手によって成立するもので、感謝の感情がなければ、より良い経営をすることはできないと知っていたのだろう」と発表は結ばれました。聞いていて、心打たれました。以前、「感謝の気持ちはすべての根源である」と稲盛さんが講演で話されていた、と京セラの人から聞いたことを思い出しました。そういえば、京セラフィロソフィーにも、KDDIフィロソフィーにも、JALフィロソフィーにも「感謝の気持ちをもつ」があります。感謝の気持ちが、JALの意識改革の大きな要因になっていたことは間違いないと思います。

 

学生さんたちは、本当に多様です。「稲盛さんに挑む」グループも出てきました。ありがとう、を言い過ぎるとその価値が下がってしまうのではないか、顧客満足や利他を優先した感情労働で、逆にストレスがおきてしまうのではないか、といった質問です。うーん、なかなかの質問です。稲盛さん、なんとお答えになるでしょうか。

フィロソフィーとアメーバ経営

フィロソフィーあってのアメーバ経営、と発表してくれたグループがありました。JALは、まずフィロソフィーを導入し、それからアメーバ経営を導入しました。京セラはアメーバ経営が先で、そのあとにフィロソフィーが制定されました。どちらが先がいいのか、という議論があるようですが、どちらが先でも管理会計手法のアメーバ経営が「部門別採算制度」なので、自分の部門の利益を最高にしようとして「部分最適」に陥る可能性があります。そこで、どうしても「こころを一つ」にするために、みんなのこころの拠り所となれるフィロソフィーが必要になるようです。JALの方から最近聞いた話ですが、「フィロソフィーのある会社に入ってよかった」と破綻・再生を知らない若い社員さんも言っているそうです。今回みてきたように、JALの再建は誰にもできないと言われていましたが、フィロソフィーとアメーバ経営、そして、それにかかわったすべての人により実現がなされました。私はひそかに、やっぱりフィロソフィーがあったからかなぁと、思っています。MBAでは教えてくれなかったことですが、こころが経営に現れるのですね。常に周囲への感謝の気持ちをもつことで、人と人がお互いに信じ合える仲間となって仕事を進めていくことが大切なのでしょう。感謝はすべての根源である、というのは本当のように思います

 まとめ: 「やってみよう」

すばらしい人生をおくるために

JALフィロソフィーを読んでみる

www.jal.com

② JALフィロソフィーを参考に自分フィロソフィーを作ってみる

③ 自分フィロソフィーを手帳に書く (自覚)

④ ものごとの判断をするときに、自分フィロソフィーに合っているか自問する (実践)

⑤ 定期的(例えば週に1回)、自分フィロソフィーをみる時間を作る (学ぶ)

*1:RITA vol5を参照: JALフィロソフィー教育。再生への推進力

www.ritalabo.jp

*2:「JALの奇跡」(大田嘉仁、致知出版、2018)

online.chichi.co.jp

*3:返済の必要のない資本で、会社の安全性を評価するうえで最も基本となる分析指標。50%を超えるとかなり良好な状態いえる。

*4:京セラフィロソフィー

www.kyocera.co.jp

*5:アメーバ経営: 部門別採算制度

www.kccs.co.jp

*6:40項目からなるJALフィロソフィー

www.jal.com