認知神経科学とリベラルアーツの視点から - from the viewpoint of cognitive neuroscience and liberal arts

山岸典子 Noriko Yamagishi: 認知神経科学者として伝えたいこと

勉強へのモチベーションを維持させる感謝の気持ち【高校生】

 

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                                            西芳寺 (苔寺), Kyoto 2022

 

10代の人たちの学習モチベーションは時間と共に下がる傾向にあることが知られています。新しいことをどんどん学んでもらいたい若い世代の学習モチベーションを維持するにはどうしたらいいでしょうか。

感謝をすることで大学生の学習モチベーションが向上することを示した私たちは*1、もっと若い人たちの学習モチベーションにも感謝が良い影響を与えるのではないかと仮説をたてました。

「感謝日記と「良いこと日記」を高校生に9週間書いてもらう

私と、共同研究者の山中氏とNawa氏は、この仮説を検証するために高校生を対象とした感謝の介入実験を行いました*2。ここでは私の勤務する立命館大学に推薦入学が決まった高校生34人を、ランダムに2つのグループに分けました。どちらのグループにも毎日日記をつけてもらいますが、一つのグループは実験グループで「その日に感謝したこと」(感謝日記)を、もう一つのグループはコントロールグループで「その日にあった良かったこと」(良いこと日記)を書いてもらいました。日記の内容が違うこと以外は、どちらのグループにも同じことをやってもらっています。期間は9週間で、実験の直前と毎週末に(つまり0週目から9週目までの全部で10回)、複数の心理指標(感謝特性、幸福度、気分尺度、学習モチベーション)を計測し、感謝することによる心理的変化があるのかを調べました。

どちらのグループも幸福度が向上、ネガティブ気分も減少

さて、この日記実験でどんな心理的変化が起こったでしょうか。計測した指標のデータに対して、時間(週)とグループ(感謝日記、良いこと日記)を要因とした反復測定分散分析を行ったところ、感謝特性には変化がありませんでしたが、幸福度、気分尺度、学習モチベーションでの変化が統計的に示されました。

 

まず幸福度ですが、次の図を見てわかるように、グループ(日記のタイプ)に関係なく週を追うごとに上がっているのがわかります(p < 0.01)。推測される理由は、実験期間が推薦入学が決まってから大学に入るまでの春休みだったので、どちらのグループもだんだん幸福度が上がった、もしくはどちらのグループも日記を書くということで幸福度が上がったなどが考えられます。いずれにしても、日記の内容による差は幸福度の変化には現れませんでした。

幸福度は時間とともに向上

気分の変化も認められました。ネガティブな気分を示す指標の変化を次の図に示します。グループに関係なく週を追うごとに、ネガティブな気分が減少しています(p < 0.01)。特に4週目と9週目のスコアには有意な差が認められました (p < 0.05)。

ネガティブな気分が時間とともに減少

このように、どちらのグループの高校生も実験期間中に幸福度が向上し、ネガティブな感情が減少しました。しかしながら、日記のタイプ(「感謝日記」か「良いこと日記」)による差はこれらの指標には現れませんでした。

感謝グループだけ学習モチベーションが長期に維持される

さて「感謝をすると学習モチベーションに良い影響がある」という仮説は支持されたのでしょうか?

はい。ありました!

次の図を見てください。9週間にわたる実験期間で、「良いこと日記」群の高校生の学習モチベーションはだんだん下がっているのがわかります。それに対して、「感謝日記」群では学習モチベーションが維持されています。

統計的には、まず時間(週)とグループとの交互作用が有意(p < 0.05)であったので、単純主効果をそれぞれのグループで調べました。「良いこと日記」群では週を追うごとに学習モチベーションが有意に低下していました(p < 0.01)が、「感謝日記」群では変化が認められませんでした(p > 0.05)。つまり学習モチベーションが長期に渡って維持されています。

感謝をすると学習モチベーションが長期に維持される

「良いこと日記」群には、いったい何が起こっていたのでしょうか。

学習モチベーションはSDI (self determination index)という指標を使って計測していますが、これは「自律的モチベーション、他律的モチベーション、非モチベーション」の3つの要因から成り立っています。「あなたはなぜ大学に行くのですか?」という問いに、自律的モチベーションは「新しいことを学ぶことで、喜びや満足を経験できるから」、他律的モチベーションは「将来の方向を決めるときに、より良い選択をするための助けとなるから」、非モチベーションは「正直に言ってわからない。学校では、時間を本当に無駄にしていると思う」といった回答に対する同意度(7段階)で計測しています。

自律的モチベーションをポジティブ要因、他律的モチベーションと非モチベーションをネガティブ要因として変化を調べてみると、「良いこと日記」群ではポジティブ要因が週を追うごとに有意に下がっていることがわかりました(p < 0.01)。つまり、「良いこと日記」群の学習モチベーションの低下は、自律的モチベーションの低下に原因があることがわかりました。「感謝日記」群には、この低下がみられなかったため(p > 0.05)、感謝することで、自律的モチベーションが維持されることが示唆されました。

 

まとめ - 感謝日記は高校生にもおすすめ

この研究では、若い人(ここでは高校生)の学習モチベーションが、長期間には低下しやすいことが確認されました。これに対して、「感謝日記」が学習モチベーション、特に自律的モチベーションを維持させる効果があることを実験的に示しました。

「良いこと日記」の効用も多く報告されていますが、「感謝日記」という媒体を利用して感謝をする行為を促すことは、特に学習モチベーションに良い影響を与えるようです。

高校生の皆さん、高校生をご指導している先生方、どうか「感謝日記」を学習モチベーションを維持させるツールとして活用してください。若い人たちのモチベーションの長期間の維持という難しい課題に対して、私たちの研究が少しでもお役に立てるならばこんなにうれしいことはありません。